妻の浮気が本気であることへの悩み

妻の浮気という重大な悩みを抱えたまま私の新潟での単身赴任生活、さらには探偵社探しがはじまった。単身赴任先の仕事はそれなりに充実していたものの、探偵社探しは予想外に難航し、仕事を終えた後、深夜まで浮気調査業者を紹介するウェブサイトを眺める日々が続いた。

妻の浮気を調査する探偵社が決まるのに1ヶ月以上かかり、さらにそれから3ヶ月後、妻の浮気調査を依頼していた探偵社から連絡が入った。妻の浮気調査の結果報告である。

探偵社は妻の30日間の行動調査を予定通りに終わらせてくれた。このプロの技には凄さを感じた。

私が調査報告を受け取ることができたのは、それから1ヶ月後のことになる。

私は探偵社に仕事が忙しいことを理由に報告を受けるのを先延ばしにした。

この本当の理由は、妻の浮気が確実なものとなったときに、私の悩みがもっと大きくなるのを先延ばしにしたかった。つまり真実を写真で報告されることが怖くなったのだ。

それまで義妹が教えてくれた妻の浮気を私が想像するだけのものであった。でもその報告書には浮気相手の男が写っている。またそこに一緒に写っているのは妻の淳美である。気の弱い私には探偵社に調査を依頼しながら、報告書を受ける勇気がなかった。

探偵社は、このような私の心を無視するかのように報告書を事前に郵送すると言ってきた。私は拒否をした。悩むことをさらに先延ばしにしたかった。

それから1ヶ月後、私は探偵社から妻の浮気についての報告を受けた。

探偵社の報告では、妻の浮気相手は34歳で高橋という男である。その男は4ヶ月前に広告デザイナーとして独立している。現在、妻は以前まで働いていた広告会社を退職し、独立した男のアシスタントをしている。

男は自宅で仕事をしているため、毎日、妻は男のマンションに通っている。それも、娘たちが家を出てから帰宅するまでの午前8時から午後7時までである。

そのとき探偵社から証拠品として手渡された写真には、妻と男が普通の夫婦のように仲良く腕を組んで買い物をしている姿、それに妻と男が玄関先で妻の帰宅を拒むかのように抱き合っている姿が写っていた。

このとき目の前にある浮気調査報告書には、妻が浮気をしている場面がたくさん写真となり貼られていた。私はページを捲るたびに悩みの奥底に引き摺り込まれていった。

 

それに私が単身赴任をしてから1ヶ月も経っていないうちに、妻と男は伊豆へ浮気旅行をしていた。その証拠となる写真も探偵社から受け取った。

それから最後に、妻の浮気に対して決着をつけなければいけない重大な報告を受けた。

 

単身赴任による妻の浮気への新たな悩み 

私は義妹の密告で妻の浮気を知ることができた。しかし、義妹と妻の関係を悪くすることができなく、私は妻の浮気を問い詰めることができなかった。まあ、手も足も出せない状況であったのだ。

私はこの状況を何とか解決できないかと悩んだ。そして私は2つの方法を考えた。

1つは妻との離婚をする。それには義妹との約束を破り、妻の浮気を告白させて妻と離婚をすることである。同時に2人の娘に不幸な思いをさせることになる。

もう1つは妻と離婚をしない。それは2人の娘に両親が離婚をするという不幸な思いをさせないため、妻の浮気が終わるまで私が我慢をすることである。

 

結局、私が決断したのは、後者の方法であった。理由は、私のほかに悲しい思いをする人を増やしたくないからである。それに私だけが我慢をすれば済むからだ。いつか必ず妻が浮気に対して反省をする日がやってくるだろうと、私は思った。私のこの甘さが妻の好き勝手な行動をさせた原因でもあったと感じていた。

 

日を追うごとに妻の浮気相手に対する嫉妬も強くなってきた。大事な妻を奪った男。夫であれば当然のことである。私はこの男のところへ殴り込みにいく勇気がなかった。これは私の気の弱い性格への悩みにもなった。

 

その後も妻は、私の悩みなど気にもせずに夜の外出を続けた。たぶん妻は義妹から妻の浮気を私が知ったことを聞いているのだろう。仲のよい姉妹であるから想像はついた。

それでも私は我慢を続けた。時々、私は我慢の限界に達し、妻に浮気をしていることを問い詰めたが妻は絶対に自白をしなかった。

 

妻の浮気を義妹から知らされてから半年後のことである。私は上司に呼ばれ、支店長として新潟へ転勤することを命じられた。このとき、私は妻の浮気の悩みを抱えていたが、自分自身の出世を選択した。今から考えればこれも私の間違った選択のひとつとなった。

それから私は単身で新潟へ引っ越していった。妻が浮気相手と自由に逢える機会を与えることになった。でも私は娘の将来を思い独り新潟で妻の浮気に対して我慢を続けた。時々私が自宅に戻ると、妻は露骨に嫌がった。

 

私の新潟での仕事は、妻の浮気への悩みとは裏腹で順調であった。そしてこの仕事が、一時的に私の悩みを忘れさせてくれた。

しかし私の悩みがなくなる訳ではない。それは単身赴任という別居生活から妻の浮気に対する悩みを、暗闇の中を迷い歩くような思いにさせていった。私は妻の浮気を義妹の密告より詳しく知りたくなり、夜な夜な自宅近隣の探偵社を照会しているサイトをのぞき込み、そして浮気調査を依頼する決断をした。

この依頼のときに私は精神的な苦痛を味わった。相談員からの聞き取りは私の思い出したくない記憶を呼び起こしたのだ。

 

私は探偵社からの報告を受けるために自宅に戻った。

妻の浮気詳細が私の悩みを増大させた

13年間の夫婦生活で妻がはじめて朝帰りをしてから、急速に妻の怪しい夜の外出が増えた。それも最初の2ヶ月は週1回であったが、その後は週2回に増えていった。これと同時に妻の服装も派手になった。

 

妻の派手な服装は、明らかにどこかの男性を意識したものである。その妻が夜の外出から帰宅したときの姿は、以前から妻と交流があった友人がみても、絶対に妻に変化があるか、夫以外の男性と浮気をしていると人妻であると思えるはずであった。これは私が妻の浮気に対する疑惑を深める材料となり、以前より私の悩みを増すことへと繋がった。

 

ある晩のこと、私は妻が派手な服装で帰宅したとき、これまであった妻の行動と服装の変化について、私は妻に訊ねることを試みてみた。そのとき妻は飲み会に参出ていることに否定をしなかった。しかし服装の変化については昔から変わっていないと否定をしてきた。

今から振り返れば、このときに浮気のついて問い詰めるべきだったと後悔をしている。

 

その後、妻から服装の変化について否定された影響から私は妻との会話が激変をした。この会話の減少が妻浮気への悩みを助長することになった。

妻はこのような私の態度に気づき、私を見下したかのように外泊をする数が増えていったのである。

 

妻の行動の変化がここまで目立つようになり、娘たちが怪しいと思ってくれると私は考えたが、妻の熱心な教育姿勢に変化がないため娘たちは何にも気づくことがなかった。それに外泊をするときは、神奈川に住んでいる病弱な妹の看護をすることを理由にしていたことから全く娘たちは疑うことがなかった。このことから妻の浮気について、娘たちの助けを得ることができなくなった。

 

それから妻の外泊が頻繁となり、そのようなとき、突然、妻の妹が私の勤め先に来たのだ。理由は妻の浮気のことであった。妻は義妹にだけ浮気の真実を話していた。

義妹と妻は、幼いときに父親を亡くし母親の再婚相手との関係が悪かったため、何でも包み隠さない姉妹になっていた。だから妻は義妹にだけ浮気の真実を話していた。

 

はじめに義妹は、外泊のアリバイ工作に協力したことに対して謝罪した。

それから妻の浮気について話しをはじめた。

相手は3つ年下の会社の同僚、初出勤の日に妻が男に一目惚れをした、その2週間後に妻が食事を作りに男の家を訪問した。そのときから男女関係になったそうだ。

このとき義妹から浮気の真実を知らされた私は、全身が震え思考が停止した。ただ覚えていることは、義妹が密告者であることだけは秘密にして欲しいと言っていたことだけである。

 

私は妻の浮気の真実を知ることはできたが、義妹との約束が邪魔になり妻を問い詰めることができなかった。このため私には、妻の浮気に対する悩みがさらに増大することとなった。

 

それから1年後に、また私の悩みを増大させる事件がおこった。

 

 

妻の再就職が浮気の始まり

私は惣田修、年齢は50歳、会社員です。

家族4人と22年前に千葉県内で購入した一戸建住宅で暮らしている。

妻の淳美は私より5つ下の45歳会社員、長女の百合恵は21歳大学生、次女の真理恵は16歳高校生である。

 

この私、今日まで妻の浮気で9年間も離婚をせずに悩み続けてきた。

 

この浮気妻と相手の男が知り合ったのは、妻の再就職先であった。

当時の妻は、次女が国立大学附属小学校に合格し子供に費やす時間が減ったことを理由に再就職をした。この再就職について妻が派手好きなことから、私は反対をした。しかし、妻は私の話しなど全く聞かずに働きはじめた。

 

この妻の派手好きな性格は、妻が北海道出身であり東京で暮らす人たちに負けたくない気持ちから生まれた。それと妻は高卒であったからだ。

 

妻の再就職先は自宅から車で30分ほどの距離にある小さな広告代理店、ここで妻は簡単な広告デザインを作成する仕事を担当した。このデザインの仕事を一緒にしていたのが妻の浮気相手の男である。

 

そもそも妻が再就職先で広告デザインを担当することになった理由は、妻が結婚前にファッションデザイナーをしていたからである。でも妻のファッションデザイナー経験は1年もなく、店舗での営業が中心であった。

そのため妻はその男だけに自分の経歴を話し、広告デザインの仕事を教えてもらうようになった。

 

私が妻の行動に異変を感じたのは、妻が再就職をしてから半年ほど経ったころである。

その日、妻は会社の同僚たちと酒を飲みに出掛け、帰宅をしたのが翌日の午前3時であった。このとき私は寝ずに妻を待ち、帰宅した妻に対して何をしていたか大きな声をあげ問い詰めた。しかし、妻はいつも怒ることをしない私の態度に驚いていたが、同僚とカラオケをしていたからと簡単な言い訳をして寝室に駆け上がっていった。

この日を境に妻の外出が増えた。

 

そして私は、妻が会社の同僚と親睦を深めるために酒を飲みにいっているのか、それとも男と浮気をしているのか、妻が何を考えどこにいるのか、悩み始めたのです。

 

その後、妻の浮気を私に密告してくれた人が現れたのです。